arsenal seveile

東京から一番近いオランダ。

東京駅ね。アムステルダム中央駅と姉妹締結してるよ。
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VOC東インド会社設立前。アムステルダムの貿易会社は銀を求めて日本を目指す。
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1598年6月27日。ロッテルダム港を出た船は5隻。
信仰という意味の 「ヘローフ号」 は、マゼラン海峡を越えてまもなく帰国。
誠実という意味の 「トラフ号」 は、太平洋を西に流されポルトガルより捕獲。
よき使命という意味の 「ブライデ・ボーストハップ号」 は、チリ海岸でスペインにより捕獲。
希望という意味の 「ホープ号」 は、南太平洋で行方不明。
慈愛という意味の 「デ・リーフデ号」 は日本の、大分県豊後臼杵に到着。
1600年4月19日。関ヶ原の合戦の半年前のこと。

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デ・リーフデ号は300トン。3本マストの木造船。乗組員は110人。
海上での戦争、嵐、病気などにみまわれ、到着時には24名。着後6名が死亡。

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船長だったヤコブ・クホケルナックは、1602年に設立されたVOC東インド会社に、
日蘭の国交開始という徳川家康の意向を伝えるため、努力した。

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砲手長ヤン・ヨーステン・ファン・ローデンスタイン
椰楊子から
八代洲へ。
で、八重洲と。
おとと。ファンて入力すると、
自動変換でニステルローイって(笑)
今、用ないから!(ぴしゃり)


今日は比較的のんびりできる出勤だったから、お昼に時間もらってね。丸ビルにデ・リーフデ号のレリーフがあるって聞いたので見てきた。想像以上に大きくて(台座が高いから)けっこう感激。欲しい。ヤンヨーステンの胸像は、八重洲地下街のセンタースポットに、これどうしたもんか...風に置いてあって、ちょっともの悲しかったな。日本とオランダの関わりは沢山あるのだけど、のちのち福沢諭吉も遣欧使節団の公式通訳官としてオランダに行くでしょ。ライデンね。自伝のなかに書いてあることがいい。
「各国巡回中、待遇の最も濃やかなるは、お蘭の右に出るものはない。」 お蘭~(♪)

お土産は福砂屋のオランダケーキで。ちょいビターなココアシフォンのような。美味~
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栞に、オランダ万才て(笑)
カステラはスペインから、
ポルトガル経由で来たのでは?
これポルトガル人じゃないのけ?
しっかしクソ暑かったわ。
会社から炎天下を八重洲と丸ビル。
そっから戻って。ちかれた~


ついでに大丸によって(笑)、通りすがりに見つけたベーカリーのこれ。ピスターシュ。
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ピスタチオがざくざく入っててバカ美味なのー!バトンタイプのパン。ほかにも美味しそうなのいっぱいあったけど物色してる時間なくてねぇ。で、中央郵便局に行ったら大幅に分割移転してて(郵便と貯金と切手と)、あたしが見たい記念切手のビルは見つからず。あーん;

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デ・リーフデ号の意味が 「慈愛」 というのがいいでしょ...
by elsur147 | 2008-07-25 00:39 | hollander | Comments(4)
Commented by ふにゃ at 2008-07-25 14:52 x
こちらにもスイマセン。オランダ祭~☆
デ・リーフデ号のレリーフ、知りませんでした。今度ヒマがあったら行ってみよう♪
オランダ万歳、この柄の手ぬぐい、長崎土産で買って来て配った記憶があります。

ライデンは日本とのつながりが凄く深い町、ってガイドブックにありました。
大学にも日本語学科があるんだったかな。シーボルトの家があって、
日本から送った物&持ち帰ったもの(ペットの剥製まで!)置いてありました。
勿論、持ち出し禁止物がいっぱい。だから追放されちゃうんですもんね(笑)。
小さくて素敵な町でした。名前がいいですよね。雷電、って変換したくなる(笑)。

でも実はシーボルトってドイツ人なんですよね。
ほんとはその頃日本に居ちゃいけない、ドイツ人。
でも日本人は鎖国してるから、外人の区別がつかず。ワカルわ、それ。
そうやって色んな人がオランダ人のフリして来てたらしいです。
Commented by elsur147 at 2008-07-27 00:16
>ふにゃさん
デ・リーフデ号のレリーフは、丸ビルを正面から見て、左へ回ったところにあります。
直に見ると(見上げると)なかなか感動的です。周りの環境がちょっとなんですが;
機会があったら是非~!
あと、ヤンの胸像が置いてあるセンタースポットから(今、五輪展やってる)
少し日本橋より(たぶん)に、日本橋界隈や八重洲の古地図などが、
壁に展示されてるんですね。並びに、超怪しい古書店があって入りたかったけど...
歴史&アート系の古書店もありました。面白そうだったです。

ライデンて、とてもいい響きですよね。私も雷電と感じで書きたくなります。
そうそう、シーボルトはドイツ人で、あら、オランダ人のフリだったんですか、
ダンナに言わせると、当時はスペインもポルトガルもオランダも一緒だろうと、
それはないと思うんですけど、だって濃さがだいぶ...(笑)

レーマンにはオランダ人のフリは無理ですね、
カイトとベルカンプはドイツ人のフリが出来そう(って、論点がずれてます)
なるほど、そういうわけで、
鎖国時代はオランダ以外の、かくれ外国人もけっこういたのでしょうか。
Commented by ふにゃ at 2008-07-27 12:40 x
リーフデもヤンも気になりますが、その古書店も気になります。
でも私、超方向音痴なので辿り着けるか不安です…。

シーボルト来日時のエピソードで笑ったのが、日本の役人がシーボルトに、
オランダのどの辺から来たのか訊いたら、シーボルトはオランダ人じゃないもんで
焦って、「山の方から」って答えたそうで。それを横で聞いてたオランダ人は冷や汗。
オランダには山なんて無いから(笑)。でも日本人はそんなこと知らないから、
特に追求もされず終わっちゃうっていう。閉じてると知らない事も増えますよね~。

だからその頃だったら、セスクもオランダ人のフリ、ひょっとしたら出来たかも(笑)。
Commented by elsur147 at 2008-07-27 23:13
>ふにゃさん
古書店、ここの「R.S.Books」なんです。
http://219.118.214.63/3_shop/shop_rs.htm

数はそう多くないですが、厳選されてるようでした。ここを見つけたとき、
「あ、ふにゃさん、こいういうのお好きかも...」と思いました。

それと、しつこいですが(笑)、同じ並びにある古書店(古文書店?)
引き扉が閉まってて、「お静かに願います」というような貼り紙があったんですよ~
今度、行ったときは入ってみようと思います。

地下街から探すと迷ってしまうので、
大丸を通り抜けて、八重洲のバスターミナルから地下へ入ると、
すぐにセンタスポーットがありますので、そこからスグ近く。
北京五輪の展示スペースを左折して直進すると、地下の大きな交差点、
を、左折、だったかな(笑)

役人のエピソード、面白いですね~
オランダのどこ辺りから?どうでもいい質問じゃ...山の方で納得するんでは(笑)
でも今だから笑えますが、、当時、オランダ人はびびったでしょうね、

セスクのオランダ人(爆)、けっこうゾロっとした浪人風が似合うかも~♪
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