arsenal seveile

筏の神から車窓まで

大淀町にある水分神社である。
みくまり ではなく すいぶん と読む。
でも 水分を みくまり と読むなんて
奈良へ来るまでまったく知らなかった。
石段の急さが分かるかな
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石段の右に 明和四年、文政十二年の銘
上市筏連中が奉納した比曽石である
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拝殿も超懸崖造りな
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石段を挟んで阿吽である
割拝殿というらしい
(本殿の大砲がチラ見え)
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渋い扁額をかかげている
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川の流れを見守る神社
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いきなり裏山が迫っているので
奥の院もありそうな雰囲気だが
手前の青い壺みたいの見える?
これが拝殿という説もあるみたい
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正面は南参道。写真のは西
駅からの道なりだと東の参道
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石段の登り口に井戸があった。
江戸時代のガイドブックに出ているらしい
「椿の井戸」 
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黄色いフタがずれていた
ので。おそるおそる開けてみた
水がはいっていた
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住所は吉野郡大淀町増口椿森となっており
椿森?ここも つばきもり でいいのかな
千葉市のど真ん中に同じ地名がある(だから何)
国道の内側に静かな南伊勢街道が平行して続く
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大淀町。吉野郡の北西部に位置し
吉野川中流の北岸を占めている。
北部は竜門山地、北東部には高取山がそびえ
南端を西流する吉野川が下市町と隔てている。
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吉野町の裏は 大淀町 と書いてある。
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竜門山地といっても
山地にいるとき山にいるとは
あまり感じられないのである。






さて。日本書紀にある吉野寺は
発祥は飛鳥時代といわれ
のち比曽寺となり、真言宗の現光寺とか
栗法奉寺(りってんほうじ)と呼ばれた時代もあり
今は曹洞宗の世尊寺
別名 こんがら寺(うそ) 命名ジプシーさまよえる
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葷酒(ぐんしゅ)山門に入るを許さず
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葷はニラやニンニクなど生臭
そこで自己虫な坊主どもは
一休も呆れるトンチをきかせ
葷と酒の間に線を引いた。
「不許葷/酒入山門」
生臭はダメよ!で~も~
酒は入って全然オツケvvv




左甚五郎の猿@山門
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高取山から大峰山へと吹き抜ける
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風も心地よい球形の境内
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そんな地の利の恵みが咲かてくれた
栽培困難といわれるオオヤマレンゲ
甘い香りは桃饅の香り(笑)
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天照大神社
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本堂の裏にそびえる十三重石塔
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大淀も名所旧跡がいっぱい
半日ではまわりきれない
とてもとても。
大淀はあの高取と
(どの高取?雛の高取)
隣接していて。
大淀は吉野の息で
遠いと思っていたけれど
遠いといえば遠いんだけど
耳を澄ませば
飛鳥の音が聞こえてきそう


良女親王冬野墓
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奥に五輪塔がある。見えづらい
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レンズ雲?大和郡山と西の京の間だったかな
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by elsur147 | 2012-07-12 15:24 | climatnara | Comments(0)
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