arsenal seveile

印西小林の鳥見神社

この道しるべはあまり親切ではないよ。
方向は合っているけど行った先が三叉路のような
道が放射状に伸びていた。
印西市小林 (印旛郡本埜村小林区)
c0051781_220431.jpg
巴塚とは木曾義仲の
巴御前のお墓があるらしい
またまた繭鍔くさい...
コフンは円墳と前方後円墳
あわせて約25基。
いつのどなた様のか未確認
(ほったらかしってこと?)
小林牧場は馬。競走馬(笑)
鳥見は小林の表示が大事
いっぱいあるからね(ふふっ


高台にある小林小学校 の校庭。後ろは神社(鳥見と違う)
c0051781_22322729.jpg


道しるべに従って坂道をのぼる途中
c0051781_22361530.jpg

ぎょっ。こんなとこに案山子があるわけないし
向か合って何がいるのかと
ただの枯れ木だったんだけど
一瞬こびとに見えたんだよね
c0051781_2238141.jpg

鳥見神社に出るまでの三叉路は風通しが良くて
龍穴神社の前に出たときのあの感覚に似ていた。
奇妙な目玉は何表示?結界のように通せんぼ
c0051781_23152525.jpg


崇神五年(紀元前93年)三年説もあり。
祭神が饒速日命(にぎはやひ)
御炊屋姫命(みかしきやひめ)
宇摩志麻遲命(うましまじ)

いずれも物部氏の祖神とされ、6世紀の初め頃
物部氏一族が坂東を征し、沼南地方に定住
大和国城上郡鳥見白庭山の鳥見大明神を勧請したと
印旛沼北岸台地北側に分布する
鳥見神社十八社の総社。 となっている。
c0051781_0325530.jpg


近隣には饒速日命だけを祀った鳥見神社も何カ所かあり
それは宇摩志麻遲命が物部の始祖というのが一般説で
つまりどうしてウマシマの父がないがしろなのだということで
それであせった先住系は宥めの宗像神社を建立したとか。

c0051781_0351558.jpg
鳥見は「とみ」 であるが
「とみ」とは読ませず
「とりみ」 というのもある。

これらの話は複雑なので
あたしの中にしまっておきます
物臭卑売女
(ものぐさのひめみこ)





神木黒松社の中
c0051781_0381979.jpg

拝殿から鳥居を振り返ってみるのが好き
c0051781_039861.jpg
c0051781_0395674.jpg
c0051781_042293.jpg

神様が点在して祀られているのが
そこここに坐という感じで存在感たっぷり
c0051781_040833.jpg

幣殿つき。神殿の裏に絵が描いてある。よく見えない
足下が雑木林でちょっと ヤブ蚊だらけで...
c0051781_0404197.jpg

室生村を彷彿とさせてくれた小林の鳥見神社
c0051781_040568.jpg

小林駅から歩いて20分位。コンビニはおろか自販機もなし
この先も手前の木下駅まで何もなし。店が一軒もなかった
c0051781_0552248.jpg

道の奥は人様のお屋敷。玄関口まで遠そうなお宅ばかり
c0051781_0592189.jpg

次は印西の東大寺。またまた~(ほんとにほんとなんだって~
by elsur147 | 2012-06-05 01:09 | etcetra | Comments(0)
<< 東大寺から板東太郎 顔面うるおい水とか >>



miyukihuru koshinoshirayama yukisugite izurenohinika waga sato wo mimu.
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30