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「青衣女人」

鮫洲の(そんなところで何を?笑)古書店で見つけました。
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サイズはA5。グラシン紙のカバーがついています。
なかに未使用の愛読者カードが入っていました。
「きがは便郵」 と。印刷されてありました。貳圓五拾銭
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本の半分近いページは過去帳で占められています。
過去帳の標題に 「上院」 とあるのは
二月堂が東大寺で比較的高い地にあるため
このように呼び慣わしている、と説明書きがありました。
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飯島氏が修二会を拝観されたおりに観音院の上司雲海和上から、
修二会について平俗に説明した物がないのでなにか書いてみないかと望まれ
随筆として執筆された 「おみづとり」 と 「青衣女人」 から編集されたようです。
という内容を、序文から抜粋させていただきました。
序文の最後の方に、胸うたれる言葉もありました。

“私は奈良のお寺がすきなのである。
ふるき佛たちのお顔をながめてゐると、
話しかけたいやうな親しみをおぼえる。
それは、われわれの祖先が、年を重ねて、
心情を傾倒した對象だからであらう。”

また飯島氏は、青衣女人そのものよりも、
過去帳を読み上げた集慶の人となりに興味をおぼえ
もし集慶と過去になにか関係があった女人であれば

“ 「オヤおまえは・・・」 という風に名前を呼びかけたであらう” とか。
“上田秋成でも呼び起こして筆をとらせてみたら
『奈良のタイス』 として面白い読み物ができるであらう” とか。
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僧の妄想エピソードもこっそり暴露されており
歯に衣着せぬ言葉も昔ならでは、と思います。
(ex.修復された盧舎那仏を不出来とバッサリ)
しんみりさせてくれたり、思わず プ と吹き出すような
笑いもとらせてくださる、素敵な随筆です。
by elsur147 | 2012-04-05 21:44 | climatnara | Comments(3)
Commented by elsur147 at 2012-04-05 21:55
300円でした。
普段、書店も古書店も滅多に行かないのです。
今回は通りすがりで時間に余裕もあったので。
奈良の古書店なら、奈良に特化した古書が
たくさんあるだろうな、とは思うのだけど
私は書店に入ると時間を忘れてしまうので
心を鬼にして近寄らないようにしているのである。
Commented by たき at 2012-04-05 22:50 x
「青衣の女人」はおもしろく拝見しました。「また飯島氏は、青衣女人そのものよりも、過去帳を読みあげた・・・」とありますが、そうです私は過去帳に名前が書き込まれていない全国からかき集められて帰るに帰れない人たちがいたことが気になります。

なぜ平城京から遷都しなければならなかったのか、の一因がそれなのかも???。

謎が多い東大寺ですね。
Commented by elsur147 at 2012-04-06 23:38
>たきさん
こんばんは。
コメントをありがとうございます。
「青衣女人」の発行は昭和十七年七月でした。
戦争中ですね。

なぜ平城宮から遷都を?
河川が水銀で汚染されたから?
避難されたのかも・・・

盧舎那仏の鍍金作業では
水銀中毒者が続出したので、
開眼供養会は頭部と首が出来た段階で
前倒しで行われたそうです。
(↑「古代大和は宇陀から始まった」という
本を書かれた松尾文隆氏の受け売りです)

お坊様は、過去帳に書かれていない、
書ききれなかった
多くの使役人も心に留めて読みあげ、
供養してくださるのでしょうね。

ちなみに、遠敷明神は
「小潤生明神」と書いておられました。
当時の二月堂縁起によりますと(笑)
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