arsenal seveile

ひな祭りの頃、三泊四日で。

奈良を歩くコアなガイド誌 「かぎろひの大和路」 さんが誘ってくださった
“結の会” 主催の 「お水取り企画」 4日は 「西の京散策」(購読者オフ会)

これが本物の糊こぼし。修二会の頃、花は椿しかなかった昔。
椿はすぐに落ちてしまうので、紙の造花を椿の枝にのりで付けた。
c0051781_23101330.jpg


震災の一週間前でした。帰ってきて引っ越す予定が。
それどころではなくなり。そのまま。
c0051781_236523.jpg

もとい。
企画の前後。2日と5日は 行くだけ と 帰るだけ  余裕の日程。
奈良に着いて寝るだけ 起きて家に帰るだけ で すむわけがない。 
で。ちょい早め、ちょいゆっくり目 東京11時発。 3時に飛鳥に着けば
ちょこっとどこかをまわれるな、と。 高取町のひな祭りロードとか。
c0051781_236396.jpg

ヒントになったのは、奈良交通の日帰りツアー「渡来人・東漢氏の遺産」
言葉・文化の違う民族が共存し生活したことは、ただ驚愕です。と
パンフレットにあり。いわれてみればホントそう、想像もつかない
もしかしたらシルクロードから来た民もいたのかもしれない。
あと 松本清張の 「火の路」 に触発されて。岩船は行けなかったけど。
c0051781_2373239.jpg

*光永寺*
ピンクのヒラヒラは 「ひな人形 飾ってあります」 の印。
c0051781_23124469.jpg
 
人頭石を見たくて。うしろのはソテツ。南洋ぽいイメージ。
花崗岩で。7世紀につくられたらしい。ガイジンの顔ですね。
石でこういう表情をつくるのは日本にはない発想だったそうです。
頭のてっぺんは、江戸時代には手水鉢に使ってたって。ええー
c0051781_23125729.jpg

派手にはりだした枝っぷりが不気味な木
c0051781_23131515.jpg

*小嶋寺*
高取城の二の門を移築した山門 (若干ややこしい)
なんで渡来人なんだっけ。坂上田村麻呂ゆかり、たしか。
彼は 東漢直 (やまとの あやの あたい) 系
ちなみに 東(やまと)は 倭(やまと) と書かれたのもある。
c0051781_23134092.jpg

国宝の、巨大な曼荼羅があり。レプリカ。本物は奈良博預かり。
それが入っていた箱が立てかけてありました。ななめに。
高い天井をつきやぶるかってくらい長いのが。年季はいってた。

このあと檜隈(ひのくま)にまわりました。
畝傍山の遠望がよかった。まぶしすぎて撮れなかった。
昔なにかあった、今はなにもないところがすき。
過ぎた日も今の一瞬も過ぎ去り、なにものこらない。
神が創りたもうたものはみな土に帰る。
c0051781_23135070.jpg
c0051781_2314123.jpg
c0051781_2314821.jpg
c0051781_23141833.jpg

枯れ草をザクザク踏みしめながら、空をあおいで
このまま土に還れたらなと。
やはり今年も長グツだったか。
c0051781_23201830.jpg

檜隈の先はまた今度。これでも消えたの書き直した。疲れた。
by elsur147 | 2011-03-28 23:35 | climatnara | Comments(0)
<< 渡来人の、ひのくま。 月明かりで >>



climatnara Gunners robinvanpersie