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ご開帳ご開扉てんこ盛り(@法隆寺)

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夏期大学は夏安吾に(5月16日~8月15日)
学侶や衆徒を集め、講習や修行を行う時期。
インド発祥です。雨期にあたるため、
山ごもりして修行に徹するのだそうです。
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夏安吾?って?なに?
公式行事のない時期よ。
観光客も少なくて比較的ヒマな時期かな。
安息日のようなもの?
そうそう。
ちょっと違うんでないのけ?(笑)
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参加者のほとんどは奈良在住でした。
約500人。
地方から来られた方々はどこ泊まったんだろ。
法隆寺の周辺てホテルないんですよね。
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講座はかなり専門的で難しかったです。
聖徳太子の精神。太子像について。
古代人の美意識と色彩感覚。建築について、
などなど。テキストにメモったはいいけど
説明が早いから走り書きになってしまい
今見ると、判読不明な部分もあったりして。

熱心だね。見た目だけはね
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法隆寺の几帳がいちばん好き。中門に腰かけて
ここだけ風通しがよくて涼しかった。
なのに太子様は通り抜けできないのか~
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@西院伽藍 ドレンジャー放水見学。
(1月26日と7月26日の年2回)
昭和24年1月26日。
壁画の模写中に発生した火災で金堂の大部分と壁画が消失。
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以来、火災発生の1月26日に毎年、防火訓練が行われる。
(7月26日は夏期大学にあわせて)
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圧巻でした。圧巻。水の下をかけぬjけた~い
とか、あたしもホース持ってみた~い、とか。
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・焼損壁画
燃え残った金堂と壁画を樹脂で固め。
戒めとして収蔵庫に保存してあります。
収蔵庫の扉を開けると、焼けこげたニオイが鼻をつく。
失敗を繰り返さないよう祈りをこめて シャワーーー
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大講堂の奥の院。 上御堂も開いたのですが。
なにがあったか覚えてないです。
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舎利殿も開いていますが。舎利にはフタがしてあります。
引率してくださった寺僧もまだ見たことないそうです。
当時の様子がわかる繊細な絵が壁いっぱいに描かれていました。
ただ手前に柵がしてあり、左右のはしっこの絵しか見えません。
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夢殿も開いてます。救世観音は “ホホホ" な微笑がこわい。
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製作してすぐに封印されたそうです。日の目を見るまで1200年。
明治17年に、政府の公文書を持ったフェノロサが、
厨子のカギを坊主からもぎとり、強引に開帳するまで。

扉を開けたら。たちまち地震がおこり、寺は崩壊するであろう、
という、言い伝えを信じていた坊主たちは、
クモの子を散らすように一斉に逃げ出したとか。しかも
ただの秘仏ではなく、白布でぐるぐる巻きにしてあったらしい。
それと光背が、普通は添え木で支えてあるのに、
頭にクギを打ちつけて止めてあります。不気味。
仏師はこれを造って間もなく亡くなったそうで。こわっ

東院伽藍から西院伽藍へ。 炎天下をえっちら歩く~
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やっとついた。西円堂も(八角形の)開いてます。
峰乃薬師がおられます。屋根の軒に日光・月光菩薩。
丸(○)と三日月で。つまり本来の姿形で。お茶目。
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・若草伽藍 (法隆寺の前身、斑鳩寺の遺構)
扉の向こう。
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想像以上に広い原っぱで驚いた。ただの原っぱじゃない
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五重塔の心礎。 直径から塔の高さが計算できます。
直径×40倍。 約1メートルだから40メートル。
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燃えたときの傷。
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バッタ
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ハチ
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歩き疲れて。中門から。南大門までも遠い。
そうそう。寺僧の袈裟は法隆寺様式という特別仕立てだそうです。
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・聖霊殿
写真でしか知らない山背大兄王像が見られた。馬子の孫。
馬子は山背大兄王を可愛がっていたそうです。
馬子の娘、刀自古郎女(とじこのいつらめ)可愛さゆえ(笑)
馬子時代の蘇我家と上宮王家はけっこう親密だったとか。
蘇我家は、というか。
蘇我倉石川麻呂の子孫は、現在まで続いております。

・玉虫厨子
当時の玉虫のかけらが残ってる。緑色。
よく見ると光ってる。それって死骸、化石?
当時はステンドグラスのようになっていた。
玉虫で作ったのがスゴイ。きもちわるいな(笑)

法隆寺
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来年も行きたい。講義内容は毎年変わっても。
夏期大学でしか見学できないお堂(やはりそこか)
もう何度目かの法隆寺なのに。
見るもの聞くもの新鮮で、もの珍しさでいっぱいでした。
とりあえず、見る聞くだけで精一杯で、あとになって、
あれはどうして?とか、いつから?とか。
あらためて聞きたいことも沢山でてきて。
お堂も絵もあらためてじっくり見直したい。
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by elsur147 | 2010-08-15 02:16 | climatnara | Comments(0)
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